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福岡地方裁判所小倉支部 昭和28年(ワ)422号 判決

福岡県遠賀郡水卷町頃末

原告

盛次幸一

外十一名

右原告等訴訟代理人弁護士

諫山博

福岡市下警固九百五十六番地ノ八

被告

日本炭礦株式会社

右代表者代表取締役

菊地一德

右訴訟代理人弁護士

鳥山忠雄

谷本二郎

大和虎雄

右当事者間の昭和二十八年(ワ)第四二二号解雇無効確認請求事件につき当裁判所は左の通り判決する。

主文

原告らの請求はこれを棄却す。

訴訟費用は原告らの負担とす。

事実

原告ら訴訟代理人は、被告が原告らに対して昭和二十五年十一月十六日なした解雇処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として

(一)  被告日本炭礦株式会社(以下会社と略称する。)は、福岡市下警固九五六番地ノ八に本店を有し石炭の採堀販売を業としている。原告らはいずれも昭和二十五年十月十五日まで被告会社の従業員として雇傭され原告占部を除きその余の原告らは日炭高松労働組合(以下組合と略称する。)の組合員、原告占部は日炭高松職員労働組合の組合員であつた。

(二)  被告は昭和二十五年十一月十六日付で原告ら全員を何らの理由を明示しないまゝ解雇した。

(三)  当時はマックアーサー書簡に基くレッド・パージの流行した時代であり、被告会社の原告らに対する解雇もマ書簡に便乗したレッド・パージではないかと思われる点がある。そうだとしたら本件解雇は労働者の信条を理由にした解雇であるから憲法第十四条第一項、民法第九十条、労働基準法第三条に違反する無効のものである。

(四)  原告らに対する解雇が信条を理由にしたものでないとすれば、原告らが解雇当時及びその前に熱心な組合活動家であつたことが解雇の原因になつたものとしか考えられない。そうだとすれば本件解雇は憲法第二十八条、労働組合法第七条に違反するから無効である。

(五)  更に解雇の手続を見ると被告会社と原告らの所属していた労働組合との間に締結され解雇当時効力を有していた労働協約第十五条に違反している。同条に依ると組合員解雇の一般的基準については会社は組合と協議することになつているが、原告らに対する解雇の一般的基準は会社が勝手に作成して組合に押しつけたもので組合と協議決定したものではない。この点で労働協約第十五条に違反しているから本件解雇は無効である。

(六)  労働協約第十七条に依ると会社の行う解雇を本人又は組合が不当と認めるときには、苦情処理の対象になることが規定されている。これは組合員が不当に会社の独断によつて解雇されることのないように本人及び組合に認められた権利である。原告らに対する解雇については、原告ら及び組合は本件解雇を苦情処理の対象とする意向を有し、その旨会社に申入れたけれども、会社は原告ら及び組合の要求を無視して苦情の申立をなす機会を与えなかつた。会社側が原告ら及び組合に苦情申立をする機会を与えなかつたのは、規範的効力を有する労働協約第十七条、同第四十九条ないし第六十六条違反であつて原告らに対する解雇自体を無効にするものである、と陳述し、被告の答弁に対し、原告盛次、瓜生、今村の三名を除く原告らが退職願を提出し、解雇予告手当、退職金及び特別退職金を受領し、右除外の三名が解雇予告手当及び退職金を受領したこと、原告占部所属の職員組合及びその余の原告ら所属の労働組合が原告らの解雇を承認した事実のみを認めその余を否認し、(七)以下の通り陳述した。即ち

(七)  原告盛次、瓜生、今村の三名を除きその余の原告らは解雇予告手当、退職金の外特別退職金を受領しその余の原告らも全部解雇予告手当、退職金はこれを受取つたが、原告らは解雇の無効を確信していたから解雇通告後も給料賃金は貰える権利があると確信し、解雇通告後の給料賃金の一部として又生活資金及び斗争資金としてこれを受取つたものであり、又盛次、瓜生、今村の三名を除く原告らが退職願を提出したのは、会社は退職願を出さねば退職金を支払わないと予想されたので退職金を支払わせる手段としてこれを提出したのであつて、退職願の提出は形式に過ぎず合意解約ないし解雇承認の意思で退職願を提出し退職諸給与を受取つたのではない。その余の原告らが退職金を受取つたのも解雇の承認ないし解雇について異議をいわない約定、又は解雇に関する異議権抛棄の意思でこれを受取つたのではない。

しこうして会社としても労働者が退職願を提出したり退職金を受領したりすることが合意退職したり、解雇を承認したり、解雇の効力を争う権利を抛棄したりする意思でなされるものでないことは知つていた筈で、これを知つていなかつたとすればよほどぼんやりしていたのであろう。これは表意者の真意を知り又は知り得べかりしことに当るから民法第九十三条を援用しても解雇の承認ないし解雇について異議をいわない約定或いは解雇の効力を争う権利を抛棄する意思表示とはならない。従つて原告らは全員解雇されたままであつて合意退職や解雇承認ないし解雇に対する異議権の抛棄によつて雇傭関係が終了したのではない。

(八)  原告らが退職金を退職金として受取つたとしても、退職金を受領したことや退職願を提出したことを以つて雇傭関係の合意解約や解雇の承認ないし解雇の異議権の抛棄と解すべきものではない。

退職金の受領も対等者間においてならばそのように見られるかも知れない。しかし現代における労使の力関係を考慮に入れるならば原告らは会社と対等の立場で自由な意思に依つて退職を決意して退職願を提出し退職金を受取つたのではない。

原告らは労働者として極めて不利な立場に立つていたため会社側の力に押され且つ生活上の顧慮から、やむなく退職金を受取つたのである。退職願を出したのは前述の通り退職金を受取るための手段に過ぎなかつた。しかも労働組合が解雇を承認したために原告らは組合と離れて単独に会社と斗うことは出来ないし、且つ当時は占領下であり、左右相争う労働情勢下においてレッド・パージの効力を争うには不利であつたから、解雇無効の斗いを後日の有利なる時期に期し、生活維持の手段として退職金を受取つたのである。従つて退職願を出したり、退職金を受取つたりしたからといつて雇傭契約が合意で解約されたものと見るべきでないのは勿論のこと解雇の承認ないし解雇を争う権利の抛棄と見るべきものでもない。そのような解釈を取る判例理論は労働契約の終了を市民法的理論だけで捉えようとする皮相な形式論に過ぎない。

(九)  会社の原告らに対する通告書は結局何月何日までに退職願を出せば退職金の外にプラスアルフアーの特別退職金を支給する、右期日までに退職願を出さねば、解雇にしてプラスアルフアーは支給しないと言うことに外ならぬから、これは労働者の弱身につけ込んで自己の主張を押し付けようとする強迫であり、これに因つて退職願を出したとしてもそれは民法上取消し得べき行為である。又労働者の窮迫状態につけ込んでかような申入れをするのは民法第九十条の公序良俗に反する行為であるから無効である。

(一〇)  仮りに本件において退職願の提出や退職金の受領が解雇の承認或いは解雇を争う権利の抛棄となるものとしても、かかる解雇の承認は「使用者の不当労働行為を明示又は黙示に容認しその実現を主たる目的としている」のであるから公序良俗に反して無効である。

以上の通りであるから本件解雇の無効なることの確認を求めると陳述し、

証拠として甲第一ないし第六号証を提出し、証人小野桂介、吉田義彌、坂本辰衞、塩谷勳、吉村義雄、山形健吾の各訊問を求め乙第十三号証は不知、その余の乙各号証は成立を認めると述べた。

被告会社は原告らの請求棄却の判決を求め、答弁として、原告ら主張事実中、原告らが昭和二十五年十一月十六日まで被告会社の従業員であつてその中、原告占部が日炭高松職員労働組合の組合員、その余の原告らが日炭高松労働組合の組合員であつたことは認めるが、その余は否認する。もつとも被告会社が原告らに対し昭和二十五年十月十六日付解雇通告をなしたことはあるが、それは単なる解雇通告ではなくて一面依願退職の勧告及びその申入れであると共に他面解除条件付解雇通告、即ち十月十九日までに退職願を提出すれば依願退職とし、予告手当、会社の退職金支給規定による退職手当の外特に特別退職手当を支給するも、同日までに退職願の提出なきときはこの中特別退職金のみは支給せず確定的に解雇する旨の通告である。しこうして被告会社が原告らに対しかかる解除条件付解雇の通告をなすに至つたのは、昭和二十四年二月以降昭和二十五年十月七日までの間に被告会社の機械設備を故意に損壊して生産を阻害する事実が十数回に亘つて発生(その詳細は別紙被告の準備書面第一生産阻害行為表記載の通り)したので、被告会社首脳部はその原因を除去すべく現場について従業員の言動を詳細調査した結果、別紙被告の準備書面記載第二の事実調査書記載の如き事実をも確認したので原因らを「破壊的、煽動的言動を以つて事業の正常なる運営を阻害する等企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ又は妨げる危険あるもの」と認定し、原告らを右の言動の故に企業内より排除するのやむなきことを決意し、同月十六日日炭高松労働組合及び職員組合と団体交渉により協議を遂げ、同日付を以つて原告らに対し雇傭契約の終了に関する合意の成立を解除条件とする条件付解雇の通告を為したのである。しかるに原告ら中、盛次、瓜生、今村の三名を除く全員はすべて右通告書に表示した解除条件通り退職願を提出し依願退職に同意し、右除外の三名も退職金を受領する等これと同趣旨と見られる行為をしたので、原告ら全員は同通告書の趣旨通り昭和二十五年十月十六日付を以つて依願退職となり原被告間の雇傭関係は合意によつて終了した。よつて原告らは解雇に関する争いを打切る趣旨を以つてさきに被告会社を相手として福岡地方裁判所小倉支部に提出中であつた解雇無効確認の本案訴訟及び身分保全の仮処分申請並びに立入禁止の仮処分命令に対する異議申立をも直ちに取下げたのである。

かような次第であつて原被告間の雇傭契約はすべて合意によつて終了しているから解雇のあつたことを前提としその無効確認を求める原告らの本訴請求は失当であると陳述した。

証拠として、乙第一号証の一、二、乙第二号証の一、二、乙第三号証の一ないし十三、乙第四号証、乙第五号証の一ないし十、乙第六号証の一ないし三十九、乙第七号証の一ないし十一、乙第八号証の一ないし十一、乙第九号証の一ないし十一、乙第十号証、乙第十一号証の一、二、乙第十二号証の一、二、乙第十三号証、乙第十四号証の一ないし九、乙第十五証の一ないし三、乙第十六号証の一、二、乙第十七号証の一、二を各提出し、証人吉田義彌、塩谷勳、坂本辰衞の各訊問を求め、甲各号証はいずれも不知と述べた。

理由

第一、当事者に争いなき事実

被告日本炭礦株式会社(以下会社と略称)は、福岡市下警固九百六十五番地の八に本店を有し、石炭の採掘販売を業としていること、原告らはいずれも昭和二十五年十月十五日まで被告会社の従業員として雇傭され、その中原告占部は日炭高松職員組合の組合員、その他の原告らは日炭高松労働組合の組合員であつたこと、会社が昭和二十五年十月十六日原告らに対し解雇通告を出したこと(但し会社は右は単純な解雇通告ではなくて依願退職の申入れ即ち十月十九日までに同月十六日付の退職願を提出すれば依願退職として予告手当、会社規定の退職金の外に特別退職金を加給する旨の申入れと右期日までに退職届の提出なきときは、右の特別加給金は支給せず、同月十六日付を以つて確定的に解雇とする旨の解除条件付解雇通告を兼ねたものであつたと主張する)及び原告盛次、瓜生、今村を除く原告らが退職願を出し退職金を受取つたこと、右除外の三名も解雇予告手当及び退職金(特別退職金を除く)を受取つたことは当事者間に争いがない。

しこうして成立に争いなき乙第一号証の一、二、乙第二号証の一、二、乙第三号証の一ないし十三、乙第四号証、乙第五号証の一ないし十、乙第六号証の一ないし三十九、乙第七号証の一ないし十二、乙第八号証の一ないし十一、乙第九号証の一ないし十一、乙第十号証、乙第十一号証の一、二、乙第十二号証の一、二、乙第十四号証の一ないし九、乙第十五号証の一ないし三、乙第十六号証の一、二、乙第十七号証の一、二に、証人小野桂介、吉田義彌、坂本辰衞、塩谷勳、吉村義雄、山形健吾の各証言、及びこれらの証言により真正に成立したと認め得る乙第十三号証を綜合すれば、以下掲記の事実を認め得べくこの事実に基いて次の通り法律上の判断をする。即ち

第二、本件の条件付解雇通告に至るまで及びその後の経過事実

被告会社は採炭事業が、わが国民経済再建の重大使命を帯びる基幹産業であつて、その運営の如何はわが国民経済の興隆、社会公共の福祉に重大な影響を与えるものであり、政府においても国策として石炭産業の復興に重点を置き資材、電力の重点的配給、或いは開発資金の融資、或いは炭坑従業員に対する加配米、作業衣の支給、炭住建築資金の融通等、当時国内一般に不足していた資材、資金、食糧等を重点的に石炭産業に注ぎ入れて石炭增産を図り、国民また犠牲を忍んでこれを支持して来たことに対し、経営者として社会的責務を痛感し、石炭增産に努力し来り、大部分の従業員またよくこれに協力し来つたが、一部従業員の中には自己の政治的立場の実現に急なるあまり、従業員としての面に対する自覚を欠き、業務の運営に協力せず、却つて業務の運営を阻害する言動をなす者あり、殊に昭和二十四年二月頃以降本件解雇問題発生の直前まで、会社の機械設備を故意に損壊する事故が頻々として発生、これがため現実に作業に支障を来さしめたのみならず、経営者側に対し著しい不安動搖を与えるに至つた。その詳細は別紙添付の被告の準備書面第一記載生産阻害行為表の通りであるが、会社首脳部においてはかような事故が漸次累積するのに著しく不安を感じ、かかる事故の禍根を除きとかく非協力的、煽動的言動を為し業務の運営に支障を及ぼす如きものを企業内より排除して一層業務の正常な運営の維持確保をはかるべし、との見解に達し、なお、念の為現地労働部を中心に各職制、各職場にこの種言動の調査報告をなさしめた結果、種々の業務阻害事実、中には新しい阻害事実が確認されたが、これに該当する事実のあつた者は、大部分は共産党員であり一部はこれと全く言動を同じくするいわゆる同調者であつたので、会社は更に整理基準として「共産党員又はその同調者で常に煽動的言動(会社の解するところに依れば或る種の目的を以つて歪曲誇張の事実或いは虚偽の事実を宣伝して会社を誹謗し、従業員の会社に対する不信反感憎悪の念を起させ或いは些細なことを取り上げて平地に波瀾を起させる等の言動)を以つて事業の正常な運営を阻害する等業務の遂行に非協力であり、企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ、又は妨げる危険ある者」を整理該当者とすることを決定した上、前記の調査報告を綜合判断して原告ら及び訴外者数名を該当者と断定し(当時高松炭坑には約五十名の共産党員がいたが、その中整理の対象となつたのは、全部で十四名だけであつた。)昭和二十五年十月十四日、日炭高松職員組合及び日炭高松労働組合に対し従業員退職の件に関し団体交渉の申入をなした。その後の経過は左の通りである。

(一)  職員組合関係(原告占部のみ)

会社はまず職員組合との間に、昭和二十五年十月十六日午前十時より団体交渉を開き、前記整理基準につき詳細説明して「これらの基準に該当する者に退職を願わねばならぬ事情」を述べて後該当者として原告占部及び訴外者二名の氏名を提示したところ、組合側は既にこの該当者を予想しておつたので未だその同意をなすには至らなかつたけれども、大体諒承の空気が見え直ちに正式機関に諮つて回答する旨答え、且つ会社が同日中にこれらの者に解雇通告をなすことについても承諾を与えたので、会社は同日午後原告占部訴外者二名に対し通告書を交付して、前示組合に申入れた趣旨によつて会社の措置を諒承せられて同月十九日までに退職願を提出して依願退職(任意退職)せられたい旨、及び依頼退職の場合には解雇予告手当、特別慰労金、普通慰労金の外に特に特別加給金を支払の旨、更に同月十九日までに退職願を提出して依願退職の手続を執られない場合にはやむを得ず同月十六日付を以つて確定的に解雇すべきこと、及び予告手当、普通慰労金特別慰労金は同月二十日に受領せられたき旨を告知した。会社は一面これに依つて雇傭関係の合意に依る終了の申入をなすと共に他面これに対する受諾を解雇条件とする解雇の通告をなしたのであるが、別に吉田総務部長より同趣旨の通告書を本人に手交した。これに対して原告占部は解雇理由も尋ねないまゝ通告書を受取つた。しこうして翌十七日組合より原告占部及び訴外者二名の社員の解雇を承認する旨の回答があり、原告占部は同月十九日何らの異議を留保せずして退職願を提出し同日前記通告に表示された退職諸給与全部金六拾万四千九十六円を何ら異議をとどめないで受領した。

(二)  労働組合関係(占部を除く原告ら全員。この項において原告らと略称)

労働組合関係については、会社は昭和二十五年十月十六日組合との間に第一回の団体交渉を開き、前記整理基準及び右基準該当者にやめて貰わねばならぬ事情につき長時間に亘り説明し、解雇通告のやむなきに至つた事情を力説したが、当日は交渉委員中に該当者がいたので活溌な論争が長時間に亘り続けられ、結局交渉は十九日に続行されることとなつた。その際会社側は次回の団体交渉前に各個人宛通告書を出すことを承認されたいと要請、組合側は最初はこれを十九日まで延期されたいと主張したけれども最後に会社側の再三の懇請に対しては明示的に承諾もしなかつたが、別に反対もしなかつたので、会社側はその場の室気よりして組合側交渉委員の立場としてはこれを明示的に承認することは困難なるも次回の団体交渉前に通告書を出すこと自体には反対しないものと解し、同日夜原告らに対し前記原告占部に対すると同一内容(但し依願退職の場合に支払うべき給与は、予告手当金、会社の退職手当支給規定に依る退職手当金の外、特別退職手当金、解雇の場合はこの中特別退職手当を除く)の通告書を各現場の担当責任者から本人に交付した。その後団体交渉とは別に小野勤労部長と組合長らが出席して団体交渉とほゞ同様な事務的折衝が続けられ、第二回の団体交渉は同月十九日に開かれたが、右交渉において組合側は会社が退職願の提出期限を十月十九日までとしているのを同月二十五日まで延期されたい旨を要望、会社も本人の熟慮を待つべくこれを承諾してこの期限はその後更に組合の要望により同年十一月十六日まで延長された。従つて同日までは解雇の効力は確定的には発生しなかつたのである。しこうして第三回の団体交渉は同月三十日に開かれたが、結局組合側交渉委員は会社の申入を諒承、原告らの解雇を承認する旨及び中央委員会にかけて正式回答する旨回答し、翌三十一日組合長より口頭を以つて本部委員会の名を以つて原告らの解雇を承認する旨正式の回答を為した。次いで組合は十一月八日に組合大会を開いて大多数の意見を以つて本件解雇を承認することを決議し、会社に対しその旨、及び同日限り原告らは組合員たる身分を喪失した旨の正式通告をなした。しこうして原告ら中、盛次幸一、瓜生保隆、今村日出男の三名を除くその他の原告(高塚、森下、西郷、小林、村岡、手島、日野山、蓮池)はいずれも辞職書中に「本件解雇通告に対しては大いに不満なるも既に組合が解雇を承認したので組合の決議を尊重して辞職する旨」を記載しこれを十一月十一日組合長を通じて一括して会社に提出しその後予告手当、退職手当金の外、依願退職(雇傭関係の合意に依る終了)の場合でなければ支払わないことを会社が明示した特別退職手当金をも何らの留保をなさずしてこれを受取り且つ前記通告と同時に福岡地方裁判所小倉支部に提起していた解雇無効確認の本案訴訟、身分保全の仮処分申請等を同月十一日一括して取り下げ、その後本訴提起に至るまで二年七カ月の間何ら解雇について異議を述べるとか、復職の要求をするとかいうこともなかつたものである。(却つて原告らがその後も会社構内に立入るので、会社がこれに抗議する書面を昭和二十六年七月十三日付で発送したところ、盛次幸一をはじめ原告らの代表者五、六名が会社に来て、原告らは既に会社とは何らの雇傭関係もないのに立入禁止をするとは不都合であると詰問し、更に同月十六日原告西郷一郎の名を以つて「私は昭和二十五年十一月九日を以つて辞職しており、貴社との雇傭関係はないから貴殿よりの封書は返送する」旨の書面を会社の遠賀鉱業所長宛発送している)

しこうして原告ら中、盛次幸一、瓜生保隆、今村日出男の三名は退職願は提出しなかつたが昭和二十五年十一月三十日より昭和二十六年一月五日までの間に予告手当及び会社の支給規程による退職手当金を受領し、福岡地方裁判所小倉支部に提訴中であつた本件解雇無効確認の本案訴訟及び身分保全の仮処分申請をも昭和二十五年十一月十一日取下げ、その後本訴提起に至るまで二年七カ月の間会社に対し解雇につき異議を述べるとか、復職要求をするとかいうこともなかつたものである。

第三、盛次・瓜生・今村の三名を除く原告らに対する判断

(一)  労働組合関係の原告らに対する判断(この項においては占部及び盛次、瓜生、今村の四名を除く原告ら全員を、単に原告らと略称する)

前認定の通り、会社は前示条件付解雇通告を為して解雇関係の合意解約の申入及び任意退職の勧告をなす一面、解除条件付解雇通告をなしているが、会社は労働組合の要望を容れ、退職願の提出期限(法律的には合意解約の申入れに対する承諾期間)を十一月十六日まで延長しているから盛次、瓜生、今村を除く原告らが退職願を提出した十一月十一日当時には、未だ条件は未定で、解雇の効力は確定的には発生していなかつたこと明らかである。しかるに右原告らは組合の解雇承認決議を尊重して内心不満ながら退職願を提出し、会社のなしたる合意解約の申入を承諾し、且つ予告手当、会社の支給規定に依る退職金の外、会社が依願退職(雇傭関係の合意に依る終了)の場合でなければ支払わないことを通告書に依つて明示した特別退職手当金まで何らの異議を留保せずして取受つたのであるから、解除条件の成就に依り解雇はなくなり、雇傭関係は合意に依つて終了したこと明らかである。

勿論原告らが右条件付解雇通告に対し内心大いに不満であつたことはこれを認め得るけれども、内心の不満が直ちに雇傭関係の合意に依る終了を否定することにはならない。労働者は解雇通告に不満であつても解雇理由や退職の条件、会社に強いてとどまつた場合に受け得べき給与と他の仕事に従事する場合に得べき収入との比較、国内及び組合内の世論の支持、その他諸般の事情を考慮して、たとえ会社が先きに条件付解雇通告をした場合でもこれを受諾して合意に依つて雇傭関係を終了せしめる場合のあることは充分考え得られることであり、又世上にその例も必ずしも乏しくなく(当時の職員労働組合長証人山形健吾の証言もこれに符合している)、不満だから必ず解雇ないし退職勧告を受諾しない筈のものと判断することは出来ない。本件においても証人吉村義雄(当時の労働組合長)及び証人塩谷勳の各証言を綜合すれば原告らの一部も出席して為された労働組合と会社との前示第一回団体交渉の席上、会社は原告らにおいて本件退職勧告を受諾する意思表示として退職願を提出して貰いたいということを述べており、組合長及び組合幹部は退職問題につき原告らと協議していることを認め得るので、原告らも退職願を出すことの意味は充分判つていた筈であり、又前示退職に関する通告書にもその趣旨は充分に現われている。又会社は退職願の提出期間を、三十日間に延長して原告らの熟考を待つたことは、前認定の通りでありしこうして証人吉村義雄の証言に依れば原告らは退職願を出して依願退職(合意解約、雇傭関係の合意に依る終了)となつた場合、予告手当、退職金の外に特別退職金の支給されることをも考慮に入れ、労働組合長始め組合幹部とも協議の結果、退職願を出すことを拒否せんとする者(原告盛次、瓜生、今村)と合意解約の申入を不満ながら受諾して退職願を提出して依願退職の場合の退職諸給与全部を受取ろうとする者(右三名を除くその余の原告ら)との二つに分れたので、組合としても、諸般の事情を考慮してこの際自ら退職しようとする人々についてはこれを引留めないという対策が決定されたこと、前認定の通り。原告盛次、瓜生、今村以外の原告らは、組合長の許に退職願を持参したので、組合長は一括して十一月十一日これを会社に提出したが右退職願には前認定の通り、不満ながら組合の決議を尊重して辞職する旨の記載あること及び盛次、瓜生、今村を除く原告ら全部は、前示の通り依願退職でなければ支払わないことを会社が明示している特別退職手当金まで何ら異議を留保しないで受取り、且つ原告ら全員は提訴中であつた解雇無効確認の本案訴訟、従業員たる仮りの地位を定める仮処分申請、立入禁止の仮処分に対する異議申立を直ちに取り下げ、その後各原告共二年七カ月の間何ら解雇について異議を述べず復職要求をもなさずして経過したこと、等を綜合すれば、右原告らは内心大いに不満はあつたろうが、諸般の情勢を考慮し組合長をはじめ組合幹部とも協議して熟慮の結果解雇となつて会社と争うことをやめて会社の合意解約の申入を受諾して退職願を提出し、退職諸給与全部を受領して退職したことが明瞭である。しからばこれらの者と会社との間の雇傭関係は合意に依つて終了しており、もはや解雇の有効無効を論ずる余地はない。

(二)  職員労働組合関係の原告占部に対する判断

原告占部は十月十六日被告会社の吉田総務部長より前示の条件付解雇通告書を交付さるるや解雇理由も訊ねないで帰宅したが同人所属の職員組合も同人の平素の言動より同人が解雇されるであろうことを予測していたので、組合の正式機関にかけて討議した結果翌十七日同人の解雇を承認する旨を会社に回答した等のこともあつたため原告占部も解雇を争うことの望みなきことを察知し、解雇を争うことをやめ十月十九日退職願を提出し、同日解雇予告手当、普通慰労金、特別慰労金、の外に会社が依願退職(合意解約)の場合でなければ支払わないことを明示している特別加給金まで受取り、その後本訴提起まで何ら解雇につき異議を述べていないことを認め得る。従つて同人と会社との雇傭関係もまた合意によつて終了していること明らかである。

(三)  しかのみならず原告瓜生、盛次、今村らの関係において後述する心裡留保信義則違反等の点は右原告ら九名については一層よく該当するから、この点から言つても右三名を除く原告らが解雇無効を主張することは理由がない。

(四)  原告らは「会社の本件通告は退職願を提出せよ、それでなければ解雇するということであるから労働者の弱身に乗じて退職届の提出を強要したのであつて退職願の提出が仮りに退職の申入に対する承諾の意思表示だとしてもこの意思表示は、民法上強迫に因る意思表示として取消し得べき行為であり且つ民法第九十条の公序良俗に反する法律行為として無効である」と主張するけれども会社が前記条件付解雇通告を為したのは前認定の理由によるものであつてその間何らの違法性も不当性も認められないから会社が右の如き通告によつて退職願の提出を求めたことは何ら脅迫による意思表示とはならない。しかのみならず右通告は退職願を提出しなければ不利益を加えることを以つて強迫したものとは見られない。

即ち特別退職手当(特別退職金)は会社が必ず支払うべき義務あるものでなく、合意による退職者で指定期限までに退職願を出した者に限り特に支給するものであつて、言葉は適当ではないが、合意退職者に対するサービスであることを認め得る。従つて予告手当と異り原告らは当然に特別退職金の支払を要求する権利を有するわけではない。故に会社が期限までに退職願を出した人には特別退職金を支払うというのは利益を以つて退職願の提出を誘引したことにはなるけれども、これを裏から見ても退職願を出さない人にはこのサービスをしないということに過ぎないから積極的に不利益を加えるということにはならない。従つてこの通告を以つて強迫に依る意思表示ということは当らない。労働者が経済的に不利なる立場に在り生活上の顧慮から少しでも利益の多い依願退職の方を選択したからと言つて、これを以つて会社の強迫に因る意思表示だということは出来ないし、会社が労働者の経済的に不利なる立場を利用して特別退職金という利益を以つて誘つたとしても、これを以つて強迫に因る意思表示だとは到底解せられない。従つてまたこれを以つて民法第九十条の公序良俗に反する法律行為ということも当らない。前認定の事実よりすれば原告らが期限内に退職願を提出せずして解雇の効力を争うか、或いは期限内に会社の申入を受諾して雇傭関係を合意で終了せしむるか、そのいずれかを選択する余地は残されていたのであり、現に原告盛次、瓜生、今村は前者の方を選択して退職願を出さなかつたに拘らず、その余の原告らは組合幹部とも協議の上、熟慮の結果自ら依願退職の方を選択したことは既に認定した通りであるから退職願の提出を以つて強迫に因る意思表示とはいえない。

以上の理由により原告らの右主張は失当である。

(五)  原告らは退職願の提出、退職金の受領が解雇を承認したことになつたとしても本件解雇の承認は「使用者の不当労働行為意思を明示又は默示的に認容しその実現を主たる目的としているのであるから公序良俗に反し無効である」と主張するけれども本件雇傭関係終了の合意が「不当労働行為意思を明示的又は默示的に容認しその実現を主たる目的としているもの」と認むべき証拠なく、そのしからざることは前認定の通りであるからこの点の主張は理由がない。

第四、盛次、瓜生、今村の関係

しこうして前認定の通り原告盛次、瓜生、今村三名は会社の指定した期日までに退職願は提出していないから前示十一月十六日の期限の経過と共に十一月十六日付で一旦は解雇になつたものと認めるを相当とする。

しこうして右解雇は何らこれを無効と解すべき理由なきのみならず(その詳細は後記(四)掲記の通り)、右原告らは左記理由によりもはや解雇の無効を主張し得ないものである。即ち

(一)  右原告らは昭和二十五年十一月三十日より翌年一月五日までの間に会社に赴いて退職金及び解雇予告手当を受領しているが、原告らにおいて解雇は無効で従業員たる身分を失つていないから給料賃金として退職金を受取る、という趣旨を何らかの形で表示してこれを受取つたと見るべき証拠はないから、原告らの主張するようにこれを賃金給料として受取つたとはいえない。(又原告ら主張の、これを生活費として受取つたということはその使途を示すにとどまり法律上生活費として退職金を受取り得る権利はない。)又前示の証拠に依れば会社は原告らにおいて解雇の効力をなお争う賃金給料としてこれを受取る趣旨を何らかの形で表示をしていたならば退職金は支払わなかつたであろうことを認め得られる。従つて原告らは退職金を退職金として受取つたと見る外はない。

(二)  しこうして冐頭引用の証拠を綜合すれば、右原告ら三名は組合が解雇を承認する決議をなす以前においては解雇を承認する意思はなかつたから、期限内に退職願も提出せず解雇無効確認の訴訟を提起し、従業員としての仮りの地位を定める仮処分の申請までしたけれども組合が解雇を承認する決職をなして後は組合の支持なきこと等諸般の事情を考慮し――解雇にはなお不満の感情を持つていたから退職願を出して、合意解約し又は解雇を納得して承認することまではする気になれなかつたが――もはや解雇の効力を争うも甲斐なきことを知つて解雇の効力を争うことをやめ、解雇に対する異議を申立てない意思の下に、解雇無効確認の本案訴訟及び従業員としての仮りの地位を定める仮処分申請その他解雇をめぐる一切の訴訟を取下げて後会社に赴いて退職金をも受領し会社の供託した予告手当も受取る等、雇傭関係の終了に伴うすべての手続を完了し、その後二年七カ月に亘つて再訴の提起、地労委への救済申立、復職の要求、その他一切の解雇の効力を争う如き措置を講ぜずして推移し、なお、前認定の通り原告盛次外五、六名はその間において昭和二十六年七月十四日頃、原告らの代表として会社に赴いて会社との雇傭関係は切れているに拘らず会社が立入禁止の通告をしたのは不都合だと抗議している事実を認めることが出来る。

原告らは内心においてはなお解雇の効力を争う意思を以つて退職金を受領したと主張するけれども、しからざることは右認定の通りであつて、理由冐頭引用の各証拠によるも原告らが右解雇に不満であつたこと、従つて退職願を提出して合意解約し又は納得して解雇を承認する気持にはなれなかつたことを認め得るにとどまり後に退職金受領の際及びその後において――勿論不満の感情は別として――なお解雇の効力を争う、これに異議を申立てる意思の下に退職金を受領したとは認め難い。

しこうして退職金は雇傭関係の終了を前提としなければ受取れぬ筈のものであり且つ退職金を受領することはその性質上雇傭関係の終了に伴う清算手続として考えられるから、前示の通り解雇をめぐる一切の訴訟を取下げて後これを受取ることは、会社に対しては解雇には不満であるが、もはやこれにつき異議を主張しない默示の表意をしたものであり、会社としても原告らが解雇をめぐる一切の訴訟を自ら取り下げた後において退職金を受領に来た以上仮りに表示せられざる原告らの内心の意思がなお解雇を争うに在つたにせよ、会社としてはこれを知らず、ただ原告らがこの解雇に不満であるため退職願を提出して合意解約ないし解雇の承認まではしないが、解雇の効力を争うことはこれをやめ、もはや解雇につき異議を主張しない意思の下に退職金の支払を請求するものと信じてこれを支払つたものであり、かく信じたのも無理はないと認められる。

従つて退職金の授受により、もはや解雇の効力を争う或いは解雇につき異議を主張しない默示の合意が成立したものといわなければならない。右原告らが解雇をめぐる一切の訴訟を取り下げて後二年半以上に亘り、再訴の提起、地労委への救済申立、復職の要求等、解雇に異議を申立てる如き措置を一切取らなかつたことはこのことを裏書している。

原告らは会社は原告らの真意即ち原告らが内心においては、なお解雇に異議を申立てる意思を以つて退職金を受領するものであることを知り又は知り得べかりしものと主張するけれども、そのしからざることは前示のとおりであるから原告らの右主張は採用出来ない。

(三)  更に信義則上からいつても原告らは解雇無効の主張を為し得ない。即ち原告らは前示の通り解雇無効確認の本案訴訟その他解雇をめぐる一切の訴訟を取り下げて後退職金の支払を請求したのであるから、会社に対し解雇の効力を争うことをやめ、解雇についてもはや異議を主張しない旨の默示の表意(そうとしか考えられない表示行為)をしたものというべく、しかも会社をしてこの表示行為に基き退職金を支払わせながら、後に至つて反言し自ら意識してなしたる不真意表示を理由に――受領した退職金もそのままにして――再び同一の訴を提起して解雇の無効を主張することは、その権利行使の方法があまりに恣意的であつて信義則に反するものというべく、又一方法律関係ないし法律秩序安定の理念からいつて――内心の真意が解雇を争うにあつたと仮定しても――自ら意識して内心の意思に反する一定の表示行為をなし、その結果相手方に対し或る給付をなさしめ、或いは右表示行為に信頼して一定の事実状態ないしは法律関係を形成するに至らしめながら、二年七カ月も経過した後に自ら意識してなしたる不真意表示を理由にさきに自ら作出するに至らしめた事実状態ないし法律関係を何時でもその欲する時に自由に覆し得るものとすれば、法律関係はその者の恣意的に左右し得ることとなり、なるべく速やかに法律関係を安定せしめんとする法の理念に背馳する結果となるから、この点からいつてもかような恣意的な反言は許されずこれに基く権利行使は信義則違反といわねばならぬ。

労働組合法第二十七条が不当労働行為ありたる日より一年を経過したときはその救済申立は出来ないことを規定していることから見ても労働組合法が集団的労働関係の速やかなる安定を理想として不当労働行為ある場合には速やかにその救済申立をなすべく一年経過後はたとえ不当労働行為があつてもその救済申立を許さないとしている法意を明白に知り得られるが、労働者が雇傭関係の終了を前提としなければ考えられないような行為、即ち解雇無効確認の本案訴訟身分保全の仮処分訴訟、その他解雇をめぐる一切の訴訟を自ら取り下げて退職金を受領する等雇傭関係の終了に伴うすべての清算手続を完了したときは、会社は雇傭関係は終了したるものと考えて再出発し、後任者の採用人員の配置転換、その他一切の処置を取り、その者は従業員たらざるものとして以後新たな事実関係及び法律関係を形成して行くものであり、組合また、本件における如く解雇を承認し右原告らが組合員たる資格を喪つたものとして会社に通告している場合にあつては原告らが既に組合員たらざるものとして役員選挙その他一切のことを処理する等、新たな関係を形成し行くものであつて原告らの雇傭関係が終了したか否かは会社及び組合を含めて一の集団的関係から原告らが脱退したか否か、これに復帰すべき関係に在るか否かの問題であつて会社及び採用された後任者のみならず、すべての従業員(又は組合員)に影響する問題であるから、原告らが自ら雇傭関係の終了を前提としているとしか考えられないような表示行為をなし、これに信頼したる会社及び組合をして新たなる関係を形成せしめ、二年七カ月の長きに亘りその状態のまま推移せしめながら、他に職を求めて満足を得られればそのままにし、満足出来ない場合には何年経つて後でも再び訴を起し、或いは原告ら主張の如く自らに有利と信ずる時機を選んで、さきに取り下げた訴と同一の訴を再び提起し、さきに自らなしたる不真意表示を理由に、解雇無効確認請求権を行使するのは法律関係安定の理念からいつても信義則に反する権利行使の方法といわざるを得ない。

以上の通りであるから右原告ら三名については、もはや解雇無効確認請求権は主張出来ないものであり、従つて解雇は有効のものとして当事者間に確定しているといわねばならぬ。

(四)  原告らのその他の主張に対する判断

右原告らの解雇についてはもはやその有効無効を論ずる余地なきことは以上説示の通りであるが、原告らの解雇無効の主張はそれ自体において理由なきこと次に判断する通りである。

(イ)  原告らは「占部を除く原告らの所属する労働組合と被告会社との間に締結せられた労働協約第十五条に依れば組合員の解雇の一般的基準については会社は組合と協議することになつているに拘らず、今回の解雇につき被告会社が取つた解雇の一般的基準は会社が勝手に作成して組合に押しつけたもので組合と協議決定したものではないから本件解雇は右協約第十五条に違反しており、この点において無効である」と主張するけれども成立に争いなき乙第十一号証の一に依れば、労働協約第十五条に「礦員の採用及び組合員の解雇の一般的基準については会社は組合と協議決定する」と定められ、更に同第十七条に「組合員解雇の場合は一般的基準に基き会社が行う。この場合本人又は組合において不当と認めた場合は苦情処理の対象とする」と定められてあるがこの「一般的基準」については右協約の規定に基き昭和二十五年九月一日付で組合と会社との間に、既に協議決定されており「組合員解雇の一般的基準に関する覚書」として明文化されている。しこうしてこの覚書は解雇の「一般的基準」を列挙しているがその第四条に「前各項の外会社の都合によつて組合員を解雇しようとするときは会社は組合にその理由、人員その他必要な事項を説明し、且つこれと充分協議する」とある。理由冐頭引用の証拠に依れば、会社はこの条項に依つて本件を「会社の都合に依る解雇」として組合と協議して解雇につき組合の承認を得たのである。会社は本件解雇につき一定の基準を定めて、その基準該当者を整理したのであるけれども、会社の設けたこの基準は労働協約第十五条や第十七条にいう「一般的基準」ではなくて、右覚書第四条の解雇「理由」に該当するものに過ぎない。従つて「一般的基準」が組合と協議決定されていないという原告らの主張は失当である。しかのみならず、会社は本件解雇につき組合と協議してその承認を得ているのであるから、たとえその協議は不充分なところがあつたとしてもそのために解雇が無効となることはない。(なお原告占部に対する関係は以上と趣を異にし同人は職員組合に属し、同組合と会社間の労働協約書第十九条は組合員解雇の一般的基準はその都度組合と協議することになつているが、証人山形健吾の証言によれば右解雇の一般的基準は団体交渉により組合と協議され、組合は右基準による原告占部の解雇を承認したのであるから、何ら協約違反の問題は起らない。)

(ロ)  又原告らは本件解雇については、原告ら及び組合においてこれを労働協約第十七条の苦情処理の対象とする意向を有し、その旨会社に申入れたに拘らず会社はその機会を与えなかつたから解雇は無効であると主張するけれども、かような主張を認むべき証拠なきのみならず証人吉村義雄、山形健吾、小野桂介、塩谷勳、吉田義彌坂本辰衞の各証言を綜合すれば、原告らは苦情処理の申立をしなかつたことを認め得るから原告の右主張は理由がない。

(ハ)  原告らは「会社は原告らが組合活動をしたことを理由に解雇したものであるか、或いは思想信条を理由にして解雇したものであるから無効だ」というけれども、原告らが具体的に如何なる組合活動をなしその組合活動が会社の嫌忌するところとなりそれが解雇理由となつたことを認むるに足る確証はない(充分な理由を具備しない解雇がすべて不当労働行為となるのではなく、組合活動を理由とした解雇のみが不当労働行為となるのだから本件解雇が不当労働行為となるためにはその解雇の理由が原告らの組合活動にあつたことが認定される場合でなければならぬのに本件解雇通告の真の理由は原告らの言動が従業員としての義務に違背し従業員として不適当であつた事実にあること前認定の通りであつて、組合活動を理由にしたものではないから本件は不当労働行為ではない。)又思想信条それ自体を理由にしたものではないことも前記認定の通りである。(証人小野桂介の証言によつて認め得る通り、高松炭坑の共産党員約五十名中整理されたのは、十四名であつたことも、思想信条を理由にしたものでないことの一証左たり得る)

しこうして成立に争いなき乙第十四号証の一ないし九に依れば原告盛次、瓜生、今村の三名が団体等規制令に依る日本共産党高松細胞構成員として届出をなしていること(原告ら中、森下、小林、村岡、手島、蓮池、占部も同様である)を認め得るけれども、共産党員であるからといつて、従業員として如何なる言動をなしても解雇されない特権を有するものではない。憲法第十四条第一項はすべて国民は法の下に平等であつて信条その他に依り政治的経済的又は社会的関係において差別されない旨を規定しているが、同条は国家と国民、又は公共団体と国民、とのいわば縦の関係を規定したものであつて、互に私人である私企業の経営者とその従業員との労働関係まで直接に規定したものでないことはいうまでもない。しかし同条の精神は民法第九十条の公序良俗の観念を通じ私法関係を規律する重要な理念となつていると解せられるし、又労働基準法第三条の規定は憲法第十四条の理念を労働関係において具体化したものということが出来る。しこうして憲法第十四条は同第十九条と相俟つて単なる内心の思想信条に依る差別待遇を許さないことを規定し、労働基準法第三条もまた使用者は労働者の信条を理由として賃金労働時間その他労働条件について差別的取扱をしてはならない旨を規定しているから、単なる思想信条を理由にして労働者に対し解雇その他差別待遇をなすことは勿論許さるべきことではない。しかしながらこれらの法規は一定の思想信条が或る目的達成のため、言論として外部に発表せられ又は進んで行動に移された場合、且つそれが国家の保護する社会の秩序、他人の権利自由を侵害し或いはこれを侵害すべき現実の危険を生じた場合においても、一切無制限であり自由であり、他人はその権利又は自由の侵害を甘受しなければならないことを定めたものではない。このことはこれら法条の立法趣旨より見て当然であつて、これら法条に内在する当然の制限として理解し得るのみならず、憲法第十二条第十三条と対照するも首肯し得られるところである。

しこうして労働者が自己の意思決定に基いて雇傭関係に這入つた以上、その雇傭関係より生ずる職務によつて言論出版その他一切の表現の自由に対し職務に相応じた制限を受けねばならぬこともまた当然である。(昭和二十六年四月四日最高裁判所大法廷判決によるもこの点は明瞭に示されている)。即ち従業員は一般国民として或いは労働組合員としての一面を有すると共に他方雇傭関係における従業員としての面をも併せ有するものであるからその一面のみを強調して他の面を全く無視することは条理の許さないところである。

従つて雇傭関係における使用者はその雇傭する従業員の内心の思想信条の如何のみによつてこれを解雇する等の不利益な処置を取ることは許されないが、その思想信条に基く言論又は行動が、使用者の権利を現実に侵害し、又は使用者に対する義務に現実に違背し、或いは使用者の権利を現実に侵す危険、若しくは使用者に対する義務に現実に違反する危険が明白に存する場合は、たとえそれが一定の思想信条より発した言動であつたとしても使用者が憲法の精神及び社会生活上の通念に照らし客観的にも相当と認められる処置を講ずることは何ら前示憲法労働法の法規に反せず民法第九十条に反することもない。

このことは既に判例上確立せられたかの観ある事柄であるがこれを本件について観るに前示の通り被告会社の原告らに対する解雇通告の理由は右原告らが単に共産主義者たることのみを理由にしたものではなく原告らが雇傭契約の本旨に反する言動をなしたことが解雇の理由になつているからこの点に関する原告らの主張は失当である。

以上説示の通り原告らの本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却すべきものとして訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 中村平四郎 裁判官 橋本淸次 裁判官 齊藤次郎)

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